好きが義務に変わる時

わたしは根っからのオタクだ。様々なジャンルのオタクをしてきた。

覚えている限りで、初めて誰かのファンを名乗り始めた当時、小学生のわたしは少ないお小遣いでCDを買っていた。
もともと生真面目な性格なせいもあると思うが、好きな人が出ているものは、見なければ“いけない”、買わなければ“いけない”と思っていた。
もともと3人でやっている頃が好きだった。でも、3人での活動を辞めたとしても、わたしはファンだから応援しなければ、と思っていた。出てる番組は欠かさず見たし、CDだって雑誌だって発売日に買った。でも、いつからか買ってから1度も聞いてないCDが増えていった。CDは聞いてないけど、やっぱりまだ好きだから買わなければ、ファンなんだからという気持ちで買い続けた。地方に住んでいたし、未成年のわたしはライブにも行けなかったから、堂々とファンです、と名乗るためにはお金を使うしかないと思っていた。
いつからかわたしの中でファンでいることが義務になっていた。

義務と惰性でファンを続けていたとき、わたしはネットの世界で好きな人ができた。すぐにわたしはその人たちのファンになった。
わたしが一方的に知っているだけではなく、わたしのことも認知してもらえる。だから、わたしは生放送やツイッターで名前を覚えてもらうことに必死だった。握手会があるとなれば、もちろん初回A.B、通常を買うのは当たり前で複数買も何度もした。実家に帰ると同じCDが10枚以上あるから笑うよね。
そしてまた同じようにメンバーが減ってだんだん気持ちが離れていった。

そしてわたしは今藤井流星くんのファンをしている。
今でもCD、Blu-ray、雑誌は全て買う。昔からの買わなければ“いけない”精神は相変わらずだ。コンサートだって何公演も入りたい。他のファンが知っていることを自分が知らないという状況が嫌だから。自分でもこのスタンスでいつまでもファンを続けるのは難しいことはわかっている。
今は何年先も流星くんのことをずっと見ていたいし、もっともっと大きくなるまで応援していたいと思っている。
今度こそ応援が義務にならずに、流星くんがただ好きだという純粋なこの気持ちで流星くんのファンをやっていきたい。